モノ足りるバラエティ、略して『モノリエティ』を提供する為に、日々踏ん張っている男のブログHPです。
昨日と今日をまたいで、SRTスタヂオ第7回生放送が無事終了しました。
このブログでも何度か書いていますが、僕は何だかんだで徹夜が苦手でして、こうして夜通し活動するのが特に苦手なタイプです。勿論、夜更かしをしている最中は深夜独特のテンションで「今なら何でも出来そうな気がする☆」みたいな感じで半分酔いつつ、半分頭眠りつつ、という、まさに感性に身を任せた状態になっているわけですよね。ある種のドラッグ状態。
その場はとてもふんわりとしたイイキモチ……なんですが、僕が一番苦手なのは、徹夜後の睡眠。どうにも眠った気がしませんし、体力が全快した感覚もほぼ無し。身体が重く、目もしょぼしょぼし、「どうして徹夜なんかしたんだろう……」という、これまたあの独特な賢者タイムが嫌でイヤで。
やっぱり人間、規則正しいリズムで生活しなければいけません。
勿論、仕事上仕方なく徹夜をせざるを得ないのでしたら、それはそれで別件として徹夜をしますが、相当な事が無い限り、徹夜なんてものはしてはいけませんよ。翌日以降に響くんですから、本当に。どうにかしてSRTスタヂオの活動を、終電以内に帰れるようなシフトに組み替えていきたいものです。来年は。
このブログでも何度か書いていますが、僕は何だかんだで徹夜が苦手でして、こうして夜通し活動するのが特に苦手なタイプです。勿論、夜更かしをしている最中は深夜独特のテンションで「今なら何でも出来そうな気がする☆」みたいな感じで半分酔いつつ、半分頭眠りつつ、という、まさに感性に身を任せた状態になっているわけですよね。ある種のドラッグ状態。
その場はとてもふんわりとしたイイキモチ……なんですが、僕が一番苦手なのは、徹夜後の睡眠。どうにも眠った気がしませんし、体力が全快した感覚もほぼ無し。身体が重く、目もしょぼしょぼし、「どうして徹夜なんかしたんだろう……」という、これまたあの独特な賢者タイムが嫌でイヤで。
やっぱり人間、規則正しいリズムで生活しなければいけません。
勿論、仕事上仕方なく徹夜をせざるを得ないのでしたら、それはそれで別件として徹夜をしますが、相当な事が無い限り、徹夜なんてものはしてはいけませんよ。翌日以降に響くんですから、本当に。どうにかしてSRTスタヂオの活動を、終電以内に帰れるようなシフトに組み替えていきたいものです。来年は。
PR
SRTスタヂオ、第7回放送が行われました。超絶久しぶりにスタジオへと趣きました。
今までは放送の時間上、きついものがあったので無理だったんですよね……何せ収録時間は夜通しのオールで、家に帰るのが始発。まさに深夜番組です。眠気くらいならいくらでも我慢出来るんですが、僕はなにぶん朝勤メインでバイトをしている朝型タイプの人間なので、こういった深夜放送には参加出来ないわけですよ……特にこのSRTスタヂオは所在地が神奈川。僕は東京。始発で頑張って東京に帰っても6時30分頃。僕はいつも朝6時からバイトをしているのでどうやっても間に合わないというわけです。なので、いつも放送に参加出来ない時は自室にて放送開始を見計らって、僕の持っているニコニコミュニティにてミラー枠を貼ったり宣伝したりと、ネット上で出来るバックアップを行うように努めました。
しかし今回は何故わざわざスタジオへと趣いたのか?
朝勤のシフトを代わりに違う人に入ってもらい、バイトを休んでまでどうして?
まぁ簡単に言ってしまうと、僕が放送に出る、という事と、年末最後の放送くらいは顔を出さないといけない! という妙な年納め(有終の美)精神が僕を突き動かしまして、今回のような形に至る、というわけです。
2011年最後のSRTスタヂオの第7回目となる生放送。
放送内容は至ってシンプル。『今年放送してきたSRTスタヂオの軌跡を辿る』だけです。司会者である亀田梨紗氏と共に、SRTスタヂオが過去に行ってきた放送を映像で振り返りつつ、僕がゲストポジションとなり横ヤリを入れて話して行く、という流れで放送しました。
どんな感じで放送していたのか? こんな感じでした。
SRTスタヂオに関しての思い出話はここに書き出すと止まりませんし、ちょくちょくこの団体との関わりは日記として綴ってきたので割愛しましょう。とりあえずSRTスタヂオのスタッフの皆さん、2011年、お疲れ様でした! 2012年も宜しくお願い致します! なんだかんだで第7回放送とかまで迎えて、半年以上も活動続けてたんですね。早いものです。来年はもっと飛翔できる年となりますように。
さて、話は変わりまして、今回の第7回SRTスタヂオ放送における自分の事について……
あのですね、放送中における僕のトークの仕方は、周りの人はどう思ってるんでしょうかね? 何だかんだでこのスタジオで顔を出してトークをするのは2度目なんですが、放送終が終わってもスタッフや一緒に喋った司会者の方々から感想も叱咤も頂かないので、とてもとっても不安になるんですよね……「自分、暴れすぎてないかな? 言い過ぎてないかな?」みたいな事を考えながら毎回ビクビクしながら喋ってます。実は。特に今回の放送に限っては、出来る限り話が脱線しないよう、司会者の話を聞きつつ、自分の話やギャグを混ぜつつ、いかにして放送を円滑に進めるべきか、という事ばかり考えながら本番は喋っていました。なので若干わざとらしい(司会者らしい)リアクションをしたりして、今改めて録画された放送を見返すと反省点が沢山出てきます。あぁ、トークって難しい。
次回以降の放送でもし自分が出るような機会があったら、今度は勇気を振り絞って放送後にスタッフや司会者に自分のトークがどうだったのか感想を聞いてみる事にします。もし僕のトークで相手の腸を煮え繰り返させるような事をしていたら一大事ですし。
特にお笑い芸人や会話上手になろう、というわけではありませんが、どうせなら相手が話していて「楽しい!」と思えるような人間になりたいので。
とりあえずこちらをご覧下さい。話はそれからです。
【PS3CM Long Live Play】
見ましたか? 見ましたね?
……いやぁ、これを見た時の僕の喜びっぷりと言ったらもう、筆舌に尽くしがたい。
有名なゲームキャラクターが酒場にわらわらと集まるシーンを、どこかで見た事あるなぁ、と思っていたらアレですね、『シュレック2』ですね。シュレックでも、酒場におとぎ話に出てくる悪役達が集まり、暗い雰囲気で「俺達はどうしてこんなに酷い扱いを受けるんだ……」という空気を持ちながら、それを面白おかしく演出していました。フック船長が悲しそうにピアノを弾いているシーンには大笑いさせてもらいました。今回はそれのゲームキャラクターの主役版ですね。
「俺がオマハビーチで死にかけた時に助けてくれたのはあいつだった」
「全能の神ゼウスから、世界の破滅を救ってくれたのは彼だった」
「墜落する飛行機から振り落とされて、3万フィートからの落下を助けてくれたのは……」
「「「マイケル」」」
ここでのマイケルはあの「ポーウ」の人ではなく、普通のアメリカ人の男の子。酒場のマスターがマイケルの写真を掲げると、周りにいる有名なゲームキャラクター達は、「マイケル! マイケル!」と彼を讃える。
このCMから滲み出ているテーマは、「俺達が英雄(ヒーロー)になれたのは、ゲームをプレイしているみんなのおかげなんだよ!」というもの。最後にはしっかりとPS3本体の宣伝を入れるんですが、それよりも以前にこの映像の完成度の高さと訴えかけているテーマに感涙いたしました。いやホント素晴らしい。CMに元気づけられたのなんてホント久しぶり。普通ならば僕達は映画やゲームを見たりプレイしたりして、作中に出てきたキャラクター達を英雄扱いして、ファンとなっていくものなんですが、それを逆手に取り、まるで「お客様は神様です」みたいなノリで、「プレイヤーは神様です」と、大袈裟ではありますがCMにぶち込んでしまったアイデアには脱帽ですね……確かに、プレイヤーがコントローラーを握らなければ、ゲームの中のキャラクターは棒立ちですぐに敵キャラクターにやられます。プレイヤーが彼らの行くべき道を指示し、そして強化し、育て上げていったのですから、ゲームキャラ達からしてみれば、プレイヤーを褒め称えるのも頷けます。
しかし、それをああいった映像に仕上げてしまうのが凄まじい。スゲェ。
各ゲームのキャラクターへの愛に溢れています。
日本ではああいうCMは撮れなかったでしょうね。
今、日本で流行っているゲームキャラクターを実写化してもすべるだけですし……
海外のゲームキャラクターは体格的にも日本人は無理でしょう。
そして何より、今日本に足りていない事は……「ゲームに対する愛情」まさにこれに限るでしょう。
あの映像は、今の日本には作れない。断言できます。そういった意味でも、今後日本にはもっともっと売り上げの事ばかりではなく、作品に対する愛情を第一に、考えていってほしいものです。今回の映像で、色々な事を考えさせられました。製作して下さった方々に、感謝。
【PS3CM Long Live Play】
見ましたか? 見ましたね?
……いやぁ、これを見た時の僕の喜びっぷりと言ったらもう、筆舌に尽くしがたい。
有名なゲームキャラクターが酒場にわらわらと集まるシーンを、どこかで見た事あるなぁ、と思っていたらアレですね、『シュレック2』ですね。シュレックでも、酒場におとぎ話に出てくる悪役達が集まり、暗い雰囲気で「俺達はどうしてこんなに酷い扱いを受けるんだ……」という空気を持ちながら、それを面白おかしく演出していました。フック船長が悲しそうにピアノを弾いているシーンには大笑いさせてもらいました。今回はそれのゲームキャラクターの主役版ですね。
「俺がオマハビーチで死にかけた時に助けてくれたのはあいつだった」
「全能の神ゼウスから、世界の破滅を救ってくれたのは彼だった」
「墜落する飛行機から振り落とされて、3万フィートからの落下を助けてくれたのは……」
「「「マイケル」」」
ここでのマイケルはあの「ポーウ」の人ではなく、普通のアメリカ人の男の子。酒場のマスターがマイケルの写真を掲げると、周りにいる有名なゲームキャラクター達は、「マイケル! マイケル!」と彼を讃える。
このCMから滲み出ているテーマは、「俺達が英雄(ヒーロー)になれたのは、ゲームをプレイしているみんなのおかげなんだよ!」というもの。最後にはしっかりとPS3本体の宣伝を入れるんですが、それよりも以前にこの映像の完成度の高さと訴えかけているテーマに感涙いたしました。いやホント素晴らしい。CMに元気づけられたのなんてホント久しぶり。普通ならば僕達は映画やゲームを見たりプレイしたりして、作中に出てきたキャラクター達を英雄扱いして、ファンとなっていくものなんですが、それを逆手に取り、まるで「お客様は神様です」みたいなノリで、「プレイヤーは神様です」と、大袈裟ではありますがCMにぶち込んでしまったアイデアには脱帽ですね……確かに、プレイヤーがコントローラーを握らなければ、ゲームの中のキャラクターは棒立ちですぐに敵キャラクターにやられます。プレイヤーが彼らの行くべき道を指示し、そして強化し、育て上げていったのですから、ゲームキャラ達からしてみれば、プレイヤーを褒め称えるのも頷けます。
しかし、それをああいった映像に仕上げてしまうのが凄まじい。スゲェ。
各ゲームのキャラクターへの愛に溢れています。
日本ではああいうCMは撮れなかったでしょうね。
今、日本で流行っているゲームキャラクターを実写化してもすべるだけですし……
海外のゲームキャラクターは体格的にも日本人は無理でしょう。
そして何より、今日本に足りていない事は……「ゲームに対する愛情」まさにこれに限るでしょう。
あの映像は、今の日本には作れない。断言できます。そういった意味でも、今後日本にはもっともっと売り上げの事ばかりではなく、作品に対する愛情を第一に、考えていってほしいものです。今回の映像で、色々な事を考えさせられました。製作して下さった方々に、感謝。
大学に入ってからというものの、メールで誕生日を祝われる事が多くなりまして。
はい、明日は僕の誕生日なんですが、恐らく明日スカイプやらメールやらでまた誕生日おめでとう的な内容が送られてくるんでしょうね。……いや、とっても嬉しい事なんですよ!? ましてや、僕の誕生日に対して「おめでとう」と言ってくれるだけでも、もう大満足というレベル。20歳を越えても、やっぱり誕生日を祝われるというのは嬉しいものですよ。確かに、小学生の頃みたいに絵に描いたようなバースデーケーキを用意したり改まって友達を沢山集めたりだなんてそんなアメリカンスタイルは取らなくなり、「あー、そういえば今月誕生日だわ。歳はとりたくないねぇ」みたいなテンションに成り下がってはしまいましたが、やはり誕生日を覚えていてもらうというのは嬉しいものです。
しかし。
しかしですよ。
スカイプに加えてFacebookも使い始めて分かったんですが、そういえば今は他人の誕生日が近づいてくるとお知らせしてくれるんですよね、スカイプ等が勝手に。あの通知によって、「あ、この人誕生日だったんだ! とりあえずおめでとー的な事言わないと!」と思われている方も少なくないのでは? 僕だって、あの通知を受けて「とりあえず社交辞令で「オメデトー」と言っておこう」みたいな事思ってましたし……確かにあの通知は嬉しい機能ではあります。しかし、ああした機械的な通知は、機械的な祝辞を生み出してしまうのも事実なのでは? と思うんですよね……中には、心の底からお祝いして下さる方がいらっしゃるのは重々承知していますし、ああいったお知らせ機能があってもなくても、誕生日を覚えて下さっている方もいる事でしょう。しかし何というかまぁ、ソーシャルネットワークサービスを初めとした、人と人とを繋げるサービスというのも、どこからどこまでが本来の働きをしていて、どのラインから事務的機械的な機能を担っているのか、というのを考え出すと、アレコレと止まりませんよね。
ちなみに僕は誕生日を面と向かって祝ってくれて、なおかつプレゼントなんて貰ってしまった場合は、スケジュール帳に相手の誕生日をメモしておきます。そして誕生日が近づいたらこちらもプレゼントを用意し、お祝いする、という形式を取っています。『ギブアンドテイク精神』というやつですね。ネットを通じた「文字だけでのコミュニケーション」と、「現実世界で、向き合ってプレゼントを渡すコミュニケーション」との間に、僕は境界線を引っ張っています。プレゼントや誕生日に対する考え方は人それぞれですので、そういった思い入れの違いも、比較してみると面白い所がありますね。
はい、明日は僕の誕生日なんですが、恐らく明日スカイプやらメールやらでまた誕生日おめでとう的な内容が送られてくるんでしょうね。……いや、とっても嬉しい事なんですよ!? ましてや、僕の誕生日に対して「おめでとう」と言ってくれるだけでも、もう大満足というレベル。20歳を越えても、やっぱり誕生日を祝われるというのは嬉しいものですよ。確かに、小学生の頃みたいに絵に描いたようなバースデーケーキを用意したり改まって友達を沢山集めたりだなんてそんなアメリカンスタイルは取らなくなり、「あー、そういえば今月誕生日だわ。歳はとりたくないねぇ」みたいなテンションに成り下がってはしまいましたが、やはり誕生日を覚えていてもらうというのは嬉しいものです。
しかし。
しかしですよ。
スカイプに加えてFacebookも使い始めて分かったんですが、そういえば今は他人の誕生日が近づいてくるとお知らせしてくれるんですよね、スカイプ等が勝手に。あの通知によって、「あ、この人誕生日だったんだ! とりあえずおめでとー的な事言わないと!」と思われている方も少なくないのでは? 僕だって、あの通知を受けて「とりあえず社交辞令で「オメデトー」と言っておこう」みたいな事思ってましたし……確かにあの通知は嬉しい機能ではあります。しかし、ああした機械的な通知は、機械的な祝辞を生み出してしまうのも事実なのでは? と思うんですよね……中には、心の底からお祝いして下さる方がいらっしゃるのは重々承知していますし、ああいったお知らせ機能があってもなくても、誕生日を覚えて下さっている方もいる事でしょう。しかし何というかまぁ、ソーシャルネットワークサービスを初めとした、人と人とを繋げるサービスというのも、どこからどこまでが本来の働きをしていて、どのラインから事務的機械的な機能を担っているのか、というのを考え出すと、アレコレと止まりませんよね。
ちなみに僕は誕生日を面と向かって祝ってくれて、なおかつプレゼントなんて貰ってしまった場合は、スケジュール帳に相手の誕生日をメモしておきます。そして誕生日が近づいたらこちらもプレゼントを用意し、お祝いする、という形式を取っています。『ギブアンドテイク精神』というやつですね。ネットを通じた「文字だけでのコミュニケーション」と、「現実世界で、向き合ってプレゼントを渡すコミュニケーション」との間に、僕は境界線を引っ張っています。プレゼントや誕生日に対する考え方は人それぞれですので、そういった思い入れの違いも、比較してみると面白い所がありますね。
12月16日はとても数奇な日なのです。
先にオチを言ってしまうと、まぁ僕の誕生日なんですが、この日に僕と因縁のある品々が沢山発売されるんですよね。去年もそうでした。『ガンダム無双3』『キャッスルヴァニア:ロードオブシャドウ』……どちらもとても発売を楽しみにしていた作品なんですがこのどちらのソフトも僕の誕生日に発売されたんですよ。何というか、運命を感じてしまいますよね。
さて、今年の12月16日にも僕の大好きなアレが発売となります。
『トランスフォーマー:ダークサイドムーン』Blu-ray&DVD! 待ちわびましたよ……かれこれ映画が上映され始めたのが7月29日。あれから約5ヶ月。こうしてみると結構早くブルーレイ化されるんだね……映画見終わった時は「半年も待てねーよ! 長すぎぃ!」とわめいていましたが、他の事してるとアッーっと言う間です。しかし上の写真を見て下さいよ。あれれ? まだ12月14日なのにダークサイドムーンのブルーレイが……? はい、バイト先のファミマで予約したらなんと今日の夜に入荷されてました。わざわざ店長から画像付きのメールを頂きまして、速攻で店頭へと取りに行きました。「いやぁ、店長、わざわざメールありがとうございますっ!」と感謝の意を述べると、店長が「いやぁ、平松君はホントいつも仕事している時は落ち着いてるのにこういう時子供みたいな笑顔を見せてくれるから良いね。売る側としても嬉しいよホントに。良い人なんだねー君は。見ているこっちも嬉しくなるよ」と言ってくれました。「ハルヒの一番くじの時も凄かったもんねぇ。ハルヒのフィギュアが当たった時の平松君の喜びっぷりと言ったら……泣いてたもんねwww」と笑っていました。若干その話をほじくり返されると恥ずかしいんですが、確かにあの時は我を忘れて喜んだ記憶があります。そう考えると、僕もまだまだヤングなハートを持っているんだな、と実感します。
さぁ、そんなこんなで発売日よりも2日早くゲット出来た『トランスフォーマー:ダークサイドムーン』ブルーレイ。俗に言うフライングゲット(?)略してフラゲ? フライングゲーム(フラゲ)という言葉はよく使われますが、これに関してはどういう造語を使えば良いのやら。フライングゲームに関してはまた書き出すと話が止まらないので割愛しておきますが、こうして早く欲しかったものが手に入った以上、僥倖に甘えて早速見るのがセオリーですよね。
……やはり見てから蘇る、劇場で観た3Dの感動。
今まで何作も3D映画やエンターテインメント(遊園地とかディズニーランドとかにある3Dアトラクション)等には触れてきましたが、この『トランスフォーマー:ダークサイドムーン』に関しては「3Dで観るからこそ意味がある、そして心の底から楽しめる作品なのだ!」と自信を持ってオススメ出来る作品でしたね。逆に言うと、3Dで観てしまうと、通常のTVや劇場で見るのに若干の淋しさを覚えてしまうのも現実。あとは実写版トランスフォーマー3作全てに言える事なんですが、これは大音量&サラウンドスピーカーで楽しむ映画としてもオススメ出来るものでしょう。この作品特有の爆発音と機械の変形音、ブースト音、射撃音、全てが身体全体を震わせるのです。ある種の性的快感すら覚える、あの映画をド派手に彩る音響効果群。今回は自宅でブルーレイ、という形で見たのでそこまで大きな音は出せませんでしたが、ぜひ高品質な分厚いオーバーヘッド型のヘッドフォンで見たり、サラウンドスピーカー環境のあるお宅はぜひ大音量でお楽しみ頂きたいものです。
あぁ、もう一度劇場でこの作品を通して観たい……こんなに「もう一度映画館へ行きたい」と思わせる作品は久しぶり。『スターウォーズ』以来かも。もしアンコール上映の情報が出たら真っ先に観に行きますね、間違いなく。
トランスフォーマー。
2011年はほとんどトランスフォーマーに持って行かれちゃいました。興味も、お金も、色々と(苦笑)。
来年は一体どんな年になるんでしょうね。どんな名作に心を奪われるのでしょうね。楽しみです。
次のページ
>>